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「では、提案内容をどうぞ。」
僕は、すっと短い深呼吸をして、心音を落ち着けた。
「赤い結晶は熱に反応する、この性質を利用します。地球人の嗜好品に、タバコというものがあります。私たちの星でいう、メシルナクターと似たようなものです。」
メシルナクターは、今まさに営業部長と営業部長代理がひっきりなしに口に咥えている、棒状の心身安定物質、まさにそれがメシルナクターだった。
「営業部からの情報によると、地球人の半数が、このタバコというものを愛好しています。イライラしたときなどに心を落ち着ける効果があり、依存性の高いニコチンという物質が含まれています。」
「ほう、地球にもそんなものが。ぜひ嗜みたいものだ。」
そう呟いた社長はメシルナクターの愛好者で、コレクターでもある。
「タバコは主に、身体が大きく力も強い成人男性が好みます。」
プロジェクターは、タバコの構造と共に、地球人がタバコを吸う映像を映し出した。
「タバコはこのように、先端に火を点けて嗜むものです。赤い結晶体は、熱で化学反応を起こす・・・そう、つまり。」
なるほど、という呟きが聞こえた。
「このタバコの中に、赤い結晶を埋め込み、その熱気を吸い込んだ地球人が、どんどん凶暴化していくわけです。」
「何か発言のある人はいますか?」
大丈夫だ。皆、期待感に満ちた表情をしている。
「はい。」
「では、専務。」
またおまえか!!!!
「その、埋め込む的な?タバコに?今、私がざっと計算してみたのですが、少し無理があるようですね。」
「ええ、具体的に、どのような?」
社長に反発する派閥の重役たちは、専務の顔を喜劇でも見るように眺めていた。
専務はなぜか、とっても得意げな顔をしている。
「赤い結晶体の生産自体に、莫大な金額がかかったんでしょ?それを地球人の半数・・・1億人くらいですか。なに?それが、1億倍かかるってことでしょ?」
突っ込みどころはいろいろあるが、とにかく早く終わらせようと思った。
「お言葉ですが専務、取引先の優秀な機密兵器生産工場を、忘れていないでしょうか。」
専務が、ああ、もういいや的な顔をする。社長がわざとらしく自分の額を手で打った。
「一度の生産分を、ちょうどいい大きさに粉砕し、地球独自の物質に埋め込ませることは、難しいことではありませんし、1日で約5000本の赤い結晶入りタバコを生産することが可能です。その技術力に関しては、先日発行の社内報に書かれていたはずです。」
「ですよね。はいはい。そうでしたそうでした。」
バカか。
気を取り直して、僕は続けた。
「結論から言いましょう。凶暴化した地球人は、同じ地球人に向けて憎しみを爆発させます。先日の秋刀魚の事例でも、 7人が死亡しました。最終目的である地球人の絶滅に、そう時間はかかりません。」
「補足いたします。」
そう言ったのは、さっきまで黙って不潔な汗を垂れ流していた、室長だった。
「セキの論理に間違いはありません。それともうひとつ、地球人には、信頼関係というものがある。我々と一緒です。ルールがあって、社会が成り立っている。その中で、凶悪な人物が、急に平穏な日常を切り裂いていくのです。」
そんなことを打ち合わせた覚えはない。
僕は正直焦った。
室長は、さらに続ける。
「我々は、地球の壊滅に向けてのスイッチを押す。それだけなんです。自分以外の誰も信じられず、憎しみ合う社会を作り上げさえずれば、自ずと地球人たちは傷つけ合うことになるでしょう。そう。我々が直接手を下さずとも、です。」
僕はいつか聞いた、室長の「昔話」を思い出していた。
「セキくん。私もこの会社が出来たときはバリバリの営業マンでね。」
このクソ忙しいときに話しかけんなよ、と思ったことを覚えている。
「営業とはつらいものだよ。星の侵略の最前線は、社員にとって憧れの地位だが、決して楽ではないんだ。」
室長は、命を落としそうになったとか、ある星で大モテで困ったとか、そんな武勇伝を延々と語っていた。
僕は適当な返事をしていた。
そして室長は最後に、大きなため息をついて言った。
「私はどれだけの宇宙人を殺したのだろう。そう思うと、胸が苦しくなって仕方ない。」
僕のプレゼンの「補足」をつとめる室長は、いつもの廃棄寸前のただのデブではなかった。
何か、覚悟を決めたような顔つきだ。
「セキくん、合ってるね?」
「ええ。そうです。私からは、以上になります。」
思わぬ形で、プレゼンは終了した。
「…えっと、プレゼンテーションは以上ですね。何か、質問のある方は…では、営業部長どうぞ。」
まだ勝負は終わらない。
計画実行のチーム編成など、問題は多いのは分かっていた。
夢にまで見た地球制圧だ。重役たちも慎重にならざるおえない。
「地球には、ウルトラ警備隊がいますね。危険レベルは、フェーズ6です。だから手を出せなかったのは承知でしょう。秋刀魚の件では渋々了承したが、これ以上営業部のスタッフを、危険だとわかっている場所に行かせるわけにはいかない!」
すぐ怒るんだよな、この人。
「あの、私からもいいっすか?つまり…。」
「私が行きましょう!」
専務が空気を読まずに繰り出した3回目の質問は、室長の一声に遮られた。
一瞬だけしんと空気が冷えて、一気に会議室がざわめいた。
僕は僕で、おまえ、なに急にテンション上がっちゃってんの?と思っていた。
「ウチは、そういう部署で、私はそういう役割でしたよね、社長。」
社長をみると、ウンとゆっくり頷いたあと、「あいつが俺にこんな風に話しかけるのは、どれくらいぶりかな」と、とても小さな声で呟いていた。
「では、10分間の休憩後、チーム結成を含めた具体的な戦略会議に入ります。」
僕はとにかく複雑な気持ちだった。
会議室の前で、室長が汗を拭いているところに、思わず駆け寄ってしまった。
「掻き乱して悪かったね。」
「いえ・・・驚きましたけど。」
「セキくんは完璧主義だから、私のことがイヤだろう。」
「そんなことはないです。でも、どうして室長は急にあんなことを?」
室長は、ゆっくりと息を吐いて、話し始めた。
「急だったわけじゃないんだ。ずっと考えていたことなんだよ。私はね、この組織が好きなんだ。でも、やり方にはいつも疑問を持っていた。だからここまでしか出世できなかったんだな。」
自分の手で、宇宙人を何人も殺してきた。室長は前にそう言っていた。
「今回のプロジェクトは、今のような技術がない頃から、私が夢見ていたことだった。たとえウルトラ警備隊に私がやられたとしても、必ず、この組織の未来に何かを残せる。私だって、今でも少し恰好つけたいんだよ。」
その後、会議は驚くほど順調に進んだ。
室長は気持ちが乗っているせいか、発言に説得力があり、全員が地球の制圧に向けて、目をキラキラ輝かせていた。
結局、秋刀魚の事例だけではデータが足らず、また同じ街へと実証に繰り出すことが決まった。
今度は本番に使用する、このタバコを使っての実証だ。
そのスケジュールを仕切ったのは、なんと社長。
そこには、バカ息子に目を細めているだけのバカ親父ではない、ビジネスチャンスにメラメラと燃える「社長」がいた。
タバコの自動自販機に、赤い結晶体入りのタバコを補充していくだけの作戦だったが、やはり問題はウルトラ警備隊。
武装して、アジトで待機をする役割が必要だった。
もちろん、室長が買って出た。
関連組織から小型警備戦闘機を手配してもらうことも決まったが、やはり室長ひとりでは人手が足りない。
僕は、一緒に行くことを決めた。
僕だって、少し恰好つけたいんだ。
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