第四回
酔っ払いすぎた。
だから恥ずかしくて仕方ないことばかり憶えている。
とりあえず、ひとりの部屋の中で奇声を発してみた。「あいうえお」の順番で。
それでも落ち着かなかった。そして頭が煮えたぎりすぎて空洞化したまま、職場に向かった。
タカオには、あれからメールも何もしていない。
ああ、もう死にたい死にたい死にたい。
地下鉄の中って、どうしてこんなに辛いことばかり思い浮かぶのだろう。
何を見ても、何を聞いても落ち着かない。
「早紀さん。昨日はどうもです!」
エリカ。あんたは知らないでしょう。あのあとどうなったのか。
「なに?昨日ふたり会ったの?」
うるせー。タカハタ。
「はい。ちょっと。ねー」
「はい。ねー」
「なになに。秘密かよー」
いなくなれタカハタ。
「この書類、ゆっくりでいいから左上から打って。保存ここ押せばいいから、こまめに押してね」
「はーい。ねえねえ早紀さん」
「んー?」
「タカオさんってカッコイイですよね」
「そうかな」
「また呼んでくれないかなー」
「ゆっとく」
いなくなれエリカ。余計なもんを持ち込まないで。
自分しか見ない日記にも書けないようなこと。
こんなことで死にたいとか、誰にも理解されないようなこと。
だけど自殺する理由は、他人から見た「こんなことで」がほとんどだ。きっと。
どん底まで行って、這い上がるしかないって思う時は、まだ力が残ってるから。
モニターに並ぶ文字と数字は、マイナスのイメージを沸騰させる。
しかも、高速で。
「アップルパイ、作ってみたの?」
静香ママがタバコを燻らせながら、小さく微笑んだ。
「あのね、ママ」
「うん?」
何て説明したらいい?
ぐちゃぐちゃで拙い、この心の中を。
「ラム酒が無くて、焼酎を使ってみたんだよね」
カウンターの奥に座った常連客が笑う。さきちゃん、それはないだろー、とかいって。
「いやいや。それが意外に美味しいんだって」
ママも、いつもより上品に笑っていた。
キョウちゃん。
タカオが好きなアーセナルの試合は、結局見られなかったんでしょ。
スタンフォードはチェルシーだもん。
あれから本物の石油王には、会えた?
タカオはキョウちゃんの話を、ふだんは一個もしないよ。
だからあたしもしない。
あたしとタカオをつなぐのはキョウちゃんしかいないのに、変な話だと思う。
でも、昨日ね。
酔っ払って、キョウちゃんの話をしたくなった。
「あたしはずっと一緒にいるのに、どうしてキョウちゃんなの」って言った。
タカオは、笑って何も言わなかった。
今すごく、死にたくなってる。
はやく帰ってきて。
それで、ふたりであたしの前からいなくなって。
結局、文字に出来なかったのは、酔っ払っていたせいじゃない。