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2013.03.06 Wednesday ... - / -
#「彩丘に待つ」解説
「彩丘に待つ」解説


舞台は美しい丘陵地帯。
本当に美しいと景色だと思う。
夏。ジャガイモの花の白色と、菜の花の黄色が混じった丘の景色は、
絵の具でも写真でも、言葉でも上手く伝えられない。
それくらい、私はあの景色が美しいと思う。

かつて100以上の世帯が農業を営んでいたこの町も、今では農家は十数件。
私は、そんな究極にシンプルな町で生まれ育った。

今も実家には四世代が同居し、農家を営んでいる。
一家の長であった「愛實(なるみ)」という名の曽祖父は、私が生まれるずっと昔に他界していた。
どんな人だったのかは、今まで聞いたことも無かった。
ただずっと仏壇の上から見下ろす、若い男性の肖像画。
それが曽祖父ということだけ知っていた。

今年、町の開基100周年記念誌に曾祖母が寄稿することになった。
ただ、94歳の曾祖母は長い文章を書くなんてやったことが無い。
そこで、長い正月休みで帰省していた私が話を聞き、文章に起すことになった。
 
曾祖母は身体も元気だが、脳も元気である。
こっちが驚くほどに、年月と出来事をキレイに並べて昔のことを語りだした。
 
大正5年、関西地方からの入植者の家に長女として生まれる。実家はこの町から4里ほどの隣町。
昭和12年、この町に嫁いでくる。翌年、分家して夫・愛實と二人暮しに。それから、長女(私の祖母)が生まれ、その後、三女一男に恵まれる。
昭和18年、夫が教育召集で出征。3ヵ月の兵役後、無事に帰宅する。
昭和25年、結核で夫が死去。親戚に奉公人を頼み、農業を営みながら生活する。
昭和34年、奉公に来ていた夫の甥(祖父)と長女(祖母)が結婚。まもなく、子供が生まれる(父)。

昭和58年に、ひ孫にあたる私が生まれた。
家族が仕事に出ている間、曾祖母はまだ赤ちゃんだった私の子守り役だった。
曾祖母の妹家族と共同農場を営んでいるので、私の幼馴染にあたる3人の面倒も見ていたらしい。
その少し後から、私の記憶が始まる。すでに曾祖母は老人だった。

話を聞いて、素直に偉大だと思った。
想像もつかない哀しみや貧しさに身を委ねて生きてきている。
それを誰にもひけらかすことなく、ただ毎日を生きていることが素晴らしい。

そして、寄稿文章には直接関係しないが、私が一番聞きたかったのは、曽祖父のことだ。
曾祖母は、再び話し始めた。

農業の傍ら、今の大学に値する学校を卒業していた曽祖父は、物書きが好きだったらしい。
毎晩机の前で正座し、子供が寄って行くと怒鳴り散らすほど熱心に日記をつけていた。
性格はくそ真面目で、無口だったという。
でもちょっと少年のような悪戯をすることがあった。
悪戯好きな祖父や祖父の兄弟を見てきた私には、その光景だけがイメージできた。

教育召集は3ヵ月限定の徴兵だが、終戦直前のその頃はそのまま戦地へ行かされた者が多かったと聞いた。
当時の町内でも、戦死者が思った以上に多かったことを聞き驚いた。
曽祖父が3ヵ月で帰ってこれた理由は、はっきりわからないらしい。
ただ、肖像画でメガネをかけていることから、視力が極端に悪かったのだと推測した。

「帰ってきたのがちょうど稲刈りの時期だったから助かった」

曾祖母は、何回もそう言った。


私が今、こんな風に曾祖母の話を聞き、こんな短編小説を書いたのには、見えない理由があるのだろうと思う。

生まれて、自分で作ったものを食べて生き、子孫を残して、死んでゆくというシンプルな人生。

家を出て行くときに曾祖母が言った「いつでも戻ってきなさい」という言葉を思い出す。

今になって思う。家族と離れ離れになるのは誰だって哀しいということ。
きっと、私にとってはいつまでも忘れられない言葉だと思う。

世に出ることは決してないであろう、曾祖母や周りの人たちの人生。
当時の当たり前な生き方は、私には美しくて逞しくて、とても敵わないように映る。
どうしてもそんな風にしか考えられない私は、消えていくよりも残したいと心から思ったのだ。

そして、無口で若く死んでいった曽祖父。
私の文章を書く趣味は、曽祖父の悪戯なプレゼントだったりして。

そんな、ちょっと素敵なことを考えている。
2007.08.29 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(0)
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2013.03.06 Wednesday ... - / -
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