les spacey espacent日本人がカキモノ公開中

| LOVE | TOPIC | LOG | LINK | ME | OTHER | ブログパーツUL5 |
#スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

2013.03.06 Wednesday ... - / -
#ピース・オブ・アップルパイ 第四回
第四回


 酔っ払いすぎた。
 だから恥ずかしくて仕方ないことばかり憶えている。
 とりあえず、ひとりの部屋の中で奇声を発してみた。「あいうえお」の順番で。
 それでも落ち着かなかった。そして頭が煮えたぎりすぎて空洞化したまま、職場に向かった。
 タカオには、あれからメールも何もしていない。
 ああ、もう死にたい死にたい死にたい。
 地下鉄の中って、どうしてこんなに辛いことばかり思い浮かぶのだろう。
 何を見ても、何を聞いても落ち着かない。

「早紀さん。昨日はどうもです!」
 エリカ。あんたは知らないでしょう。あのあとどうなったのか。
「なに?昨日ふたり会ったの?」
 うるせー。タカハタ。
「はい。ちょっと。ねー」
「はい。ねー」
「なになに。秘密かよー」
 いなくなれタカハタ。

「この書類、ゆっくりでいいから左上から打って。保存ここ押せばいいから、こまめに押してね」
「はーい。ねえねえ早紀さん」
「んー?」
「タカオさんってカッコイイですよね」
「そうかな」
「また呼んでくれないかなー」
「ゆっとく」
 いなくなれエリカ。余計なもんを持ち込まないで。

 自分しか見ない日記にも書けないようなこと。
 こんなことで死にたいとか、誰にも理解されないようなこと。
 だけど自殺する理由は、他人から見た「こんなことで」がほとんどだ。きっと。
 どん底まで行って、這い上がるしかないって思う時は、まだ力が残ってるから。

 モニターに並ぶ文字と数字は、マイナスのイメージを沸騰させる。
 しかも、高速で。

「アップルパイ、作ってみたの?」
 静香ママがタバコを燻らせながら、小さく微笑んだ。
「あのね、ママ」
「うん?」
 何て説明したらいい?
 ぐちゃぐちゃで拙い、この心の中を。
「ラム酒が無くて、焼酎を使ってみたんだよね」
 カウンターの奥に座った常連客が笑う。さきちゃん、それはないだろー、とかいって。
「いやいや。それが意外に美味しいんだって」
 ママも、いつもより上品に笑っていた。


 キョウちゃん。
 タカオが好きなアーセナルの試合は、結局見られなかったんでしょ。
 スタンフォードはチェルシーだもん。
 あれから本物の石油王には、会えた?
 タカオはキョウちゃんの話を、ふだんは一個もしないよ。
 だからあたしもしない。
 あたしとタカオをつなぐのはキョウちゃんしかいないのに、変な話だと思う。
 でも、昨日ね。
 酔っ払って、キョウちゃんの話をしたくなった。
 「あたしはずっと一緒にいるのに、どうしてキョウちゃんなの」って言った。
 タカオは、笑って何も言わなかった。
 今すごく、死にたくなってる。

 はやく帰ってきて。
 それで、ふたりであたしの前からいなくなって。


 結局、文字に出来なかったのは、酔っ払っていたせいじゃない。
2008.07.13 Sunday ... comments(0) / trackbacks(0)
#ピース・オブ・アップルパイ 第三回
第三回


 【林檎は皮をむき、】
 まずここからつまずいた。
 林檎を回しながらむくことが、こんなに難しいとは。
 あきらめて、切ってからむく。
 こんな時に思い出す「好きな人のためにお菓子作り♪」という甘ったるいエピソードが全くないのは哀しいけど、そんなことよりも林檎をろくにむけない自分に幻滅する。
 【一口大に切ってバターを溶かした鍋に入れ、グラニュー糖を加え、】
 バター、ないや。マーガリンでいいか。グラニュー糖?砂糖でいいか。
 【ラム酒を加えて煮る。】
 ラム酒がないので、鏡月グリーンを。
 煮え切らない気持ちとは裏腹に、鍋はいい匂いを発してくるもんだから、人生わからない。
 本当にアップルパイを作るなんて。あたしは一体どうしちゃったんだろう。
 必死な自分に頭が痛い。
 食べたいから、自分が食べたいから作ってるんだ。そうやって自分を洗脳する。
 【パイ生地を伸ばし、】
 のし棒がない。代用品を探していると何故かプラスチックのバットが出てきたが、さすがにこれでパイ生地を伸ばす気にはなれなかった。
 今日は、ここまでだ。
 いろいろとバタバタしているうちに、林檎が思いのほか美味しく仕上がっていた。
 焼酎入ったスイーツも、ぎりぎりアリらしい。

 今日は日曜日だし、タカオは家に居るはず。
 急に行ってみるのもアリだろうか。焼酎入ったスイーツもアリなくらいだから。

 いつものように、地下鉄に乗ると憂鬱な気分になる。
 でも今日はちょっと違う。タッパーに入れたアップルパイのパイのないやつを、あたしは抱えている。
 しかもどうしてかタワレコの袋に包んでしまった。まだちょっと暖かい。
 これだけ人が居る中で、そんなもんを抱えて好きな人の家に向かう女はあたしくらいじゃないだろうか。
 そう思うとなんだか生きる希望が湧く。ほんとに変だけど。

 タカオの部屋の電気が点いているのが見えた。 
 ピンポンを押す。そしてタイムラグ。
 普通に、ドキドキした。
 連絡をしないで突然来るのは初めてだった。
 でも友達だから、これくらいはいいと自分に言い聞かせる。
 都合のいいときだけ。友達って、便利な言葉だと思う。
「・・・チェンジ」
 あたしが可愛らしく「来ちゃった♪」と道化を演じる前に、タカオはそう言った。
 Tシャツは頭が痛くなるほど鮮やかなターコイズブルーで、
「チェンジ!」
 二回目は強めに。
 わけがわからない。

「・・・えっと。入っていいかな」
「ああ、早紀ちゃんか。うん入って」
「アップルパイを途中まで作ってきたんだけど」
「うん。食べたい」
 途中まで、の部分はスルーされた。そうゆうのが、タカオらしいといえば、らしい。
 様子は普通だった。ただ、Tシャツが変だけど。
 丸テーブルの横に座った瞬間に、ピンポンが鳴った。
 ドキッとしてタカオの方を見ると、いつものように感情を読みにくい笑みを浮かべている。
「もしかして誰か来る予定だった?」
 タカオは何も言わずに、玄関のドアを開けた。
「ピーチパイから来ました、アンナです。こんばんわ」 
 白に近い金髪の巻き髪と、ショッキングイエローの爪が否応なしに視界に入る。
 第一変換しか知らない女、確か名前はエリカ。アンナじゃない。
「初めてですよねー。120分のコースでだいじょぶでしたか?」
 タカオ、デリヘル嬢呼んでた。
 しかもそのアンナと名乗るデリヘル嬢は、昼間見た新人バイト、エリカである。
 そして店の名前は「ピーチパイ」。
 シンクロしすぎて、酒も飲んでいないのに吐き気がした。
 エリカはこちらに気付いたが、あたしが誰だか分かってないようで、長い睫毛をパタパタさせている。
「お客さん、これどうゆう状況ですかぁ?」
 エリカ、意外に常識があるらしい。

「とりあえず、入って」
 タカオはエリカを招き入れた。
「あ!早紀さんでしたっけ?なんでここに?えー、なにこれ」
 タカオもさすがに驚いた様子だった。
「知り合い?」
「うん、ちょっと。で、なにこれ。あたし帰ろうか?」
 とびきりクールに言ったつもりだったが、たぶん声は上ずってたと思う。
「や、コントローラー回さなきゃいけないけど、居て」
 エリカとあたしはさすがにポカンとしてしまった。
 コントローラーってなんか大人の玩具?もしかして3人ですごいことをするのか?
 あたしの頭の中でとんでもないことがぐるぐるしている。キョウちゃん、これは浮気どころじゃないよ。
「桃鉄やるから。あ、お金は払うから、ちょっと付き合って。120分」
 コントローラーの謎が解けても、まだ謎。
「ゲームするの?こんなお客さんはじめてかも!」
 笑いながらサテンのワンピースをひらひらさせて、テレビの前に座るエリカ。
 ものわかりが良いのは、デリヘル嬢ならではのサービス精神なのか。まだ、謎。

 ビールと、つまみにアップルパイの中身、デリヘル嬢、あたし、タカオ、桃鉄。
 長い爪でコントローラーをカチャカチャ操るエリカは、「ひどーい」「やったー6出たー」と、すごく楽しそうだ。
 ただ「一応仕事中だから」「19歳だから」という理由でエリカはコーラを飲んでいた。
「早紀さんとお客さん…えっと、タカオさんは付き合ってるんですかぁ?」
「いや、この人はあたしの友達の彼氏」
「へぇー。その友達は?」
「遠距離恋愛だから」
 タカオは苛ついた顔をしていた。エリカの踏み入り様にではなく、タカオの汽車から離れない貧乏神の悪行に本気で苛ついていた。
「エリってー。あたし本名エリカっていうんですけど、あ、愚痴ってもいいですか?」
 デリヘル嬢の愚痴を聞くことは日常にそうそうないし、いいかなと思った。
 喋り方はいかにもギャルっぽくて耳障りだけど、昼間のつまらなそうな顔をしたエリカより好きになれそうだった。
 よく見ると顔は小さくて、ミニのワンピースから出た脚はキレイ。
「エリ、バカなんですよ。男に働かされてるかんじで」
 話を聞くと、男に貢いでキャバクラ嬢からエスカレーター式にデリヘルまで突入してしまったというベタな転落物語だった。
 男がひ弱だと言われているこのご時世に、そんなハードボイルドなエピソードが存在すること自体奇跡に思えた。
「デリヘルやってからは殴らなくなりましたけどね。全身商売道具だからって」
 さらっと笑っていうあたりが、純真で単純なエリカの性格を物語ってると思った。
「やっぱちょっとイヤになってきて、昼間の仕事したくて。早紀さんとこに入ったんですけど、向いてないみたいでー」
 ちなみにコントローラーはエリカとあたしで同じのを使っている。
 ふたりとも喋りながらさくさくとゲームをこなすあたりが、女の性分らしい。
 タカオはエリカの話を聞いているのかいないのか、とにかく険しい顔でテレビ画面をずっと見ていた。
「会社、続けてみれば?慣れたらアホでも出来る仕事なんだから」
 男のことにどうこう言える立場も経験もない。とりあえず、オーソドックスなことを。
 エリカはハッとした顔であたしを見ていた。
 懐かれた、と思った。でもなぜかあんまりイヤじゃなかった。

 制限時間の120分が近づいて、エリカの携帯が鳴った。
「あ、1万5千円で。初回なので2000円引きです。交通費は、今日はあたしがこっそり自腹しときますから、また呼んでくださいね」
 屈託なくエリカが笑って、お金を受け取ると去って行った。
 まだ、夜中の12時を少し回ったところだった。
「早紀ちゃんは、いくら?」
「…本気で言ってんの?」
 タカオの考えは、相変わらず表情から読み取ることができない。
 よく考えたら、あたしが今日来たのは間違いだった。急に恥ずかしくなった。
「あたしが来なかったら、やってた?」
「うーん。早紀ちゃんが来てなかったら、ボンバーマンになってたかも」
「やめてよ。デリヘル嬢呼んでゲームなんて、正気じゃないでしょ?」
 つい、熱くなった。
 仕方ないと思う。キョウちゃんがいなくなってから、タカオがずっとこうゆうことをしていたとしても、あたしに責められる要素はない。
 むしろ、相手がプロの方ばかりだと思えば、タカオなりの優しさだとすら感じる。
 そしてタカオに人並みの性欲があったこと、それはあたしにとって風向きが良い。
「俺が正気だったことがあるか?」
 タカオはそうやって、あたしの大好きな酒臭い笑みを浮かべるのだ。
「飲みなおすか」
2007.10.08 Monday ... comments(0) / trackbacks(1)
#ピース・オブ・アップルパイ 第二回
第二回


 清潔なオフィスでの工場作業。
 キーボードの音と、個々のイヤホンから漏れる音だけが響く。
 その中で50人くらいが黙ってパソコンのキーボードを打ってるもんだから、時々息をするのも申し訳なくなってくる。
 それがあたしのバイト。「葉月」で働くのに比べたら死ぬほどつまらないけど、もう一年くらい続けてる。
 いかにも無口な人たちとは溶け込めないうちに、どんどん周りは入れ替わってすっかり古株扱いだ。
「こまるよ〜。エリカちゃーん。ちゃんとパソコン使えるって言ってたじゃないか」 
 スーパーバイザーのタカハタが、何故だかニヤニヤしながら向かいのデスクのギャルを叱り付けていた。  
「だってー、おしえてくれるってめんせつのときいってたじゃないですか〜」
「だからって第一変換で全部打つことないだろ?何回もここ押したら出てくるから…」 
 しょうもない。そんなやつ今すぐ帰らせろ。つーかタカハタ、ちゃんと怒れよ。
 こんなこと考えてる時間すらしょうもない。
 どうもここでは毒素が溜まりすぎる。
 タカハタがこっちを見ている。エリカというギャルはショッキングイエローに彩られた爪に乗っかった、またどうして?なデカいリボンを不機嫌そうにいじっていた。
 やばい。めんどくさい。あたしは席を立って喫煙所に向かった。
「参っちゃったな。これからの面接のやり方持ち帰って練り直さないと」
 いまさら?
 タカハタは案の定、あたしを追うように喫煙所に入ってきた。
 昔は荒れていたタカハタ。金髪でバイクを乗り回していた高校時代。真っ当な職に就いたのは今回が初めて。全部、本人談。
 スーパーバイザーという横文字の肩書きに浮かれてるのか、ビジネス用語を無理に駆使したりと痛い存在だ。
 シフト作って仕事振り分けてみんなが作ったデータ管理するだけの誰にでも出来そうな仕事ばかりやってるくせに。
 少なくとも、あたしにとってはそうなのだが、なかなかオリエンタルな顔立ちをしていて、女子バイトからの人気は高い。
「早紀ちゃん、今日ごはん行かない?」
「すいません。用事があって。でもタカハタさんとご飯行きたい子いっぱいいると思いますよ」
 なんとなく釣ってみた。
「そんなことないよ。僕は早紀ちゃんと行きたいんだよ」 
「なんでですかー?」
 答えは分かってるけど、面白いので最強に釣ってみた。
「その先は素面では言えないなー。」
 わああ。予想以上につまんない。
 タカハタは確か、タカオと同い年。
 一緒に居ると楽しいタカハタ。なんかいろんな意味で。

 どうしてか分からないけど、タカオと居るときは大きな嘘をつきすぎているのにひどくリアルな感じがする。
 ここで過ごすのは一日8時間、一ヶ月で180時間。なのに信じられないくらいモヤモヤ霞んでいる。
 トータル的に考えたら、あたしの日常は嘘に溺れっぱなしなわけで。
 タカオのいない世界、タカハタのいない世界。たぶんそこに嘘のない現実がある。

 そうやって思い倦ねると、
 旅に出るべきだったのは、あたしなのかもしれないと思う。
2007.09.19 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(0)
#ピース・オブ・アップルパイ 第一回
「ピース・オブ・アップルパイ」

 



第一回


 2つ目の駅で人がたくさん乗り込んで、3つ目の駅で人がたくさん降りて行った。
 目指すのは5つ目の駅で、あたしはまるで戦場に行くような顔つき、きっと。
 地下鉄の人混みは、異様に無機質に思える。
 誰もが何も抱えていないような、自分だけが脳みそをもっているような。
 そういえば、田舎から出てきたばかりの頃は、人混みでの他人の会話を盗み聴くのが楽しかったりした。十代だったし、まだ全くの他人の人生にまで興味があったんだった。
 でも、もうそんな気にはなれない。他人からしたら、あたしだって無機質なモノだ。

 また今日もタカオは、あの古いアパートのたよりないドアを開けて、悪そうな顔で笑うのだろう。
 それを考えるのが、たまらなく幸せだった。
 あたしの脳みそは自由すぎるから、その顔を思い出すだけで、一気にハッピーエンドまで達してしまう。
 会いに行くのは少し勇気がいる。タカオの仕草や言葉ひとつで崩壊しかねないから。
 駅前のコンビニで、発泡酒と安い赤ワインを買った。
 お酒の入ったタカオは、たくさん笑ってくれるから、いい。

 タカオはあたしの親友であるキョウちゃんの恋人で、でもキョウちゃんはもう傍にはいない。キョウちゃんとタカオは、この古い2DKで1年間一緒に暮らしていて、そりゃあもう幸せそうだった。
 あたしとキョウちゃんは高校生の時、色めいていく周りのアウトサイドで駆け回っていた仲だ。
 哲学や宇宙やサブカルチャーな話をいっぱいして、わざと周りとちがう風に盛り上がってたまま3年間を乗り切った。若いうちにネームバリューが欲しいという焦燥感さえも、なんとなく誇らしかった。

「早紀ちゃん、キョウから手紙が来たんだけど、見る?」
「あ、ほんと。見たい見たい」
 キョウちゃんは、イギリスにいるらしい。たまに届く手紙には、写真が必ず入っている。今回は、無彩の色調が美しい路地の写真が何枚かと、スタンフォード・ブリッジを背景に、頭悪そうなフェイスペイントをした白人青年の写真が入っていた。キョウちゃんの姿は、また写ってない。
 けれど、手紙はちゃんとキョウちゃんの字で、長々と旅のエピソードが書かれている。あたしたちは、それをいつも楽しみにしているフリを、お互いにしている。
 
『コイツ、石油王の跡取りだとかゆって求婚してきたんだけど、絶対嘘だと思った。靴がもうボロッボロだったもん。危険がいっぱい!』
『電圧が違くてiPodの充電がしばらく出来ないんだけどどうしよう。エレカシ聴きたい。ミヤジは元気してる?』
『最近、豆しか食ってない。イギリスって豆しかなのかな?ビートルズって豆なのかな?』

 こんな調子の手紙が届くたびに、あたしたちはキョウちゃんの事を必死で「過去」にならないようにしてる。タカオはどんなに酔っ払っても、絶対に寂しいとは言わない。あたしにとっては、それが苦しい。
 当然、あたしはタカオの寂しさの隙に入り込もうと思っているから。
 
 高校を卒業して、あたしとキョウちゃんは地元からJRで2時間の札幌に出た。
 あたしは何となく服飾の専門学校に進学して、キョウちゃんは保育士の短大に進学した。
 最初の頃は、札幌に出た地元の友達が他に何人かいたけど、みんなに恋人ができて、サークルとか入っちゃって、一方あたしは何処にも馴染めなくて、専門学校を2ヶ月で中退して、中途半端に札幌にぶら下がってる「底辺」の時這いずりまわっていた。
 親からさえも蔑まれたあたしに、それでもまだ付き合ってくれたのはキョウちゃんだけだった。
 そしてバイトで食い繋いでるうちに、2年が経った。
 キョウちゃんはその間に何とか短大を卒業して、24時間営業の無認可保育所で働き始めた。
 
 そのうちキョウちゃんに人生初の彼氏が出来た。
 それがタカオだった。
 二人の出会いは、素敵過ぎる寂れ具合のぼったくることしか考えてないようなパチンコ屋。二人とも史上最高に散財している最中、キョウちゃんが普段吸わない煙草を隣の台に座っていたタカオにせびったらしい。
 ダメさ100%の出会いは二人にぴったりで、なんか格好良くて嫉妬した。
 3人でよく遊ぶようになった。
 ふたりがベタベタしないのが救いだった。

 タカオは何だか謎だらけな人だった。
 フリーのウェブデザイナーだと自称してはいるが、それすらも本当か嘘か分からない。時々マックに向かっているものの、あたしがモニタを覗くといつもエロ動画収集の最中だった。性欲なさそうな顔してるけど。
 スペイン料理屋でバイトしてるから、実際はただのフリーターだと思う。
 ただ、ものすごいあたしのタイプの男であることは違いなかった。
 その時は恋愛感情なんてなくて、だけど「これ以上この人のことを知っちゃったらやばい」と漠然と思った。

 彼氏がダメな感じで見た目の良い男だと、ついつい尽くしまくってしまうのが普通の女だろうと思う。
 けれどキョウちゃんの場合、同棲は始めたものの全く「男に尽くす」という観念は見られなかった。
 空いている時間は必ずタカオのパチンコに付き合っていたのが唯一の「尽くし」の風景だった。
 キョウちゃんもパチンコが大好きだから、何とも言えないけれど。
 キョウちゃんは、ありえないシフトで保育所で真っ当に勤め上げ、まず「超奥」というタイトルの、パチンコで絶対に負けない法則が記してあるという如何わしい本を15万円で購入した。
 けれど本当にそれからは負け知らずで、キョウちゃんは勝ち金をコツコツ貯金していた。
 酔っ払ったノリでモンゴルの銀行に口座を作ったりするくらい、貯金が膨れ上がった頃。
 「世界一ゆるいバックパッカーになる」と言ってキョウちゃんはあっけなく旅立った。
 夏の始まりの日で、本当に突然行ってしまった。
 そして、なぜか「超奥」を持っていった。必要ないだろうに。
 その時、あたしたちは23歳になっていて、タカオに至っては27歳になっていて、まだデザイナーとか言い張っていた。

「いいなー。スタンフォード・ブリッジ」
「なんでサッカー好きの俺たちを逆撫でするような写真送って来るんだよ」
「でも、もう寒いよね。イギリスは」
 ビールは、なくなった。
 赤ワインを開けて、ちびちびとふたりで飲む。
 あたしは本当にゆっくりと、ワインを飲んでいた。なくなったら帰らなきゃいけなくなる。
 煙草も、ゆっくり吸った。これも一箱なくなってしまったら、帰らなきゃいけない気がする。
「早紀ちゃん。髪切ってくんない?」
 タカオの髪は随分伸びた。ひどい癖毛の前髪が、鼻先で揺れている。
「やだよ。なんで」
「トリマーの学校行ってたんじゃなかったっけ?」
「行ってないし、トリマーって動物の毛切るひとでしょ?」
 タカオは笑う。いつもは人を見下したような冷たい目をしているから、笑うと嬉しくてたまらない。
「キョウちゃん行ってからもう半年たつね」
 話題に困ると繰り返されたキョウちゃんの話の時も、タカオは笑っていた。
「キョウ居ないとヒマだな。パチンコ勝てないし」
「タカオ友達いないの?あたしとばっか飲んでるんじゃない」
「やーなんかこの年になると友達みんなちゃんとしてっから、構ってくれねえよ」
「ああー、スーツぱっきり着てるような」
「どっちかっていうとそんな奴のほうが狂ってるよな。スーツぱっくりなほうが」
「ぱっくるでしょ?あれ、ぱっきり?」
「…酔っ払ってんの早紀ちゃん」
「タカオに言われたくないんだけど」
 そんな調子のうちに、ワインはなくなった。
「ワインなくなった」
「まじ。帰んの?」
 帰らなきゃ。まだ走れば終電に間に合う。神様のくれたグッドタイミングだかバッドタイミングだか。
 タカオが何故かにやっと笑って、玄関の方に行った。
「店でもらったやつ。非常酒」
 片手に赤ワインを持ってきて、また笑う。
 あたしは、キュンとした笑みをひた隠しにして、ぶっきらぼうに返した。
「はいはい。あたしもう飲めないし、今なら終電間に合うし」
 嘘ついた。タカオと飲むお酒は酔っ払わない。
 どん底に落とされないように、ずっと気が張りまくってるから。
「俺はまだ飲めるし、まだあの話してないし」
「真似しないでよ。可愛くないし。あの話ってなんですか」
「宇宙と古代深海魚にまつわるすげえ話」

 場末のシャンデリアはヤニ汚れを介して、琥珀色の光をねっとりと放ち続けている。
「具合は悪そうだけど気分は良さそうね」 
 静香ママがマルボロライトを揉み消しながら言った。
 毎度のことながら、静香ママの逞しくも細い腕に浮き上がる血管は惚れ惚れする。
 結局、昨日はタカオのスケールだけは大きい話に延々付き合わされ、限界になって始発直前にタクシーで帰った。
 自分の煙草が無くなってからタカオのセブンスターを吸っていたせいで、強いニコチン効果で腹痛をもよおして一日中トイレに篭もってた。
 だけどタカオの匂いが身体中にこびりついたような気がして、それすら嬉しく思えた。
 そんなわけで、一睡も出来ないままバイト先のスナック「葉月」にきっちり出勤した。
「ちょっと嬉しかったです。タカオがね。ワインをもう一本持ってきたんですよ」
「ワイン?早紀ちゃん、まだ酔っ払ってるみたいね。髪お願いできる?」
 静香ママは笑みを浮かべて、ヘアアイロンをあたしに渡す。
 あたしのいる週末、静香ママはお化粧をして着飾る。あたしは静香ママの髪をグリングリンに巻く。
「それで昨日は、おちんちんくらい触ったの?」
「ママ、そればっかり。触りません、一生」
「あんたみたいなのが若い女で一番めんどくさいわ。触ったもん勝ちよ、こうゆうときは」
 ママのきつい言葉を、あたしは微笑みながら聞いていた。
 首筋にまた、見惚れる。
 静香ママはもう40歳近いとは言え、男性の時はほんとにカッコいい。
 あたしが「葉月」でバイトを始めてから、半年になる。
 昼間のパソコンオペレーターの仕事にも慣れてきた頃、前にバイトしていた居酒屋の先輩に「葉月」に初めて連れて来られた。
 静香ママの抜群な良い男っぷりと、話の楽しさにすっかり虜になった。自宅も近かったこともあり、あたしは「葉月」に通うようになった。
 「葉月」はカウンターがU字になった小さな店で、静香ママが一人で切り盛りしていた。
 静香ママは昼間、小さな広告代理店で男としてバリバリに営業の仕事に就いていた。
 「葉月」の営業は「オカマの道楽」とは言いつつ、体力的にきついらしい。けれど店への思い入れが強いことは、酔っ払った静香ママがいつも語っていた。
 店に通いつめて静香ママが尊敬する大人の一人にまでなっていたあたしは、週末の店の手伝いを申し出た。
 静香ママは「嬉しい!」と可愛らしく小躍りして、あたしの「葉月」でのバイトが始まった。
 あたしも嬉しかった。「葉月」にいる時間は、楽しくて充実していて、気持ちよく酔っ払えたのだ。
「今日ね、最後に回った営業先でもらっちゃった。直帰だったから早紀ちゃんと食べようと思って」
「わー!アップルパイ!」
「美味しそうでしょ〜?作り方も聞いてきちゃった」
「…そんなに好きじゃない」
「かわいくないわね〜。女の子ならスイーツにときめきなさいよ」
「そうゆうところがダメだって言うんでしょ?ママはまた」
「あは。わかってるじゃない。そんなんじゃいつまで経っても女として私より下よ。いいから食べましょうよ」
 静香ママは、アップルパイを切って、ウイスキーの水割りも作った。
「美味しい!ウイスキーに合う!ふしぎー」
「今の、美味しい!は可愛かったわよ。ウイスキーに合うかどうかは別として」
「ママがウイスキー出したんじゃないですか」
「あとでレシピのメモ写してあげるから、彼にでも作ってあげたらいいわ」
 その時、お客さんがドアを開けて入ってきた。常連さんだった。
「なに二人して食べてるの〜?適当な店だなー」
「いらっしゃいませ〜。今日のお通しはこれだけど、いいかしら?」

 その夜は常連客ばかりで、静香ママがキラキラした衣装で「壊れかけのレディオ」を熱唱したりして、店は酒臭い笑いに溢れかえった。
 あたしは眠気と酒気に耐えながらの皿洗いの合間に、タカオにメールした。
『なにしてるの?』
 しばらく経っても、タカオからの返事はない。
 トボトボしながらホールに出て行くと、何か歌えと促されたので、「ベサメムーチョ」を客の変な合いの手付きでヤケクソ気味に歌った。
 頭の中は、タカオのことでいっぱい。
 毎日毎週毎月、こんな繰り返しだけど、心が乾いたり満ちたりするのはタカオのこと考えてるときだけ。

『まれにみるふつかよいで具合悪い。早紀ちゃん酒になんか入れた?』
 まれにみるふつかよい。
 あたしは少し笑って、携帯電話を閉じた。
2007.09.03 Monday ... comments(0) / trackbacks(0)
| 1/1 |