les spacey espacent日本人がカキモノ公開中

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2013.03.06 Wednesday ... - / -
#「生まれるまえに、生きていた」 act.003
「生まれるまえに、生きていた」 act.003

「昭和初期に非業の死」20代 女子


舞台は現代のとある住宅街。
ここが赤線と呼ばれていた頃の話。

お鈴は単純に舞踊が好きな女の子だった。
19になったばかりのお鈴は、ただ踊りが上手く成りたかっただけで、午後から開かれる舞踊の稽古に足しげく通っていた。毎日、毎日。
周りの女性はこのあたりで働く遊女たちがほとんどだった。
お鈴はそこに近からず遠からずの、この頃増えてきているカフェーで働く身だった。

天涯孤独のお鈴は、踊りだけが生きがいだった。
しかし「好きこそ物の上手なれ」にも例外は在ったわけで、ちっとも上手くならなかった。
師匠には目の敵にされ、毎日、何度も、叱られていた。
ただ、たとえ下手くそでも、踊っているときは楽しくてしかたない。
お鈴はこの街には相応しくないほど、純粋な心の持ち主だったのだ。

そんなお鈴だから、カフェーの仕事は楽しいものではなかった。
ひとりで気楽に暮らせて、舞踊の稽古代が出せる程度のお給金はもらっていたが、カフェーは表向きだけが健全だった。
同僚たちは、そこに来る男たちに身体を売ることが本業なのだ。もちろん、通ってくる男たちも。
お鈴は自分のルールを決めて、売春だけはしまいと心に誓っていた。
本気で好きになったひとに初めて身体を捧げたい。
そんな、またこの街に似合わないモットーを掲げて、周りには好奇の目で見られていた。
だから接客する男たちともなあなあな関係のまま。お鈴はそれでもいいと思っていた。

ある日、珍しい男と出会った。
名は誠治と言う。お鈴の横に座って、酒をちびちび飲むだけの男。
大抵の客は「身体の値段」の話をすぐに引っ掛けてくるのに、誠治はこちらから話しかけないとひたすら黙っているような男だった。
来る日も来る日も、そんな日が続いた。
「お客さん、お酒が好きなんだね」
「うん。まあ」
こんな会話を何度繰り返しただろう。
でも何故か、お鈴は誠治に惹かれていった。

「あたし、家族がいないのね。鈴っていう名前も、自分でつけたの」
「ああ、そう」
「家族がほしい。誠治さん、一緒に住んでほしい」
「うん。わかった」

お鈴の狭い部屋に、誠治は荷物ひとつ持たずにやってきた。
初めてのふたりの暮らし。誠治に身体を許したお鈴は、ひたすらに幸せだった。

あんなに好きだった踊りは、師匠の扇子が頬に向かって飛んできたことを切っ掛けにやめてしまった。
誠治と幸せな生活を送りたい。
いつか子供が生まれて、ふたりで年を重ねて、いつまでも…。
その夢だけが、お鈴の生きる糧になった。
一緒に住むようになっても、誠治の仕事はわからなかった。
時々お金を持って帰っては来るのだが、一週間ほど帰ってこない日もあった。

最後に誠治の顔を見てから3日経ったとき、お鈴は朝から具合が悪かった。
時々、咳が出ることはあったが、今日は痰が絡んだ咳が止まらない。お腹も下している。
風邪にかかったと思い、カフェーに仕事を休む旨の連絡を入れた。

全身で感じる倦怠感。咳は嗚咽が混じるくらいにひどくなっていて、とにかく苦しかった。
医師に来てもらうと、結核だろうとのこと。
何日か耐えたある日の夜、血が混じった痰が出て、そのあと吐血が止まらなくなった。

お鈴は日にちの感覚すら失っていた。
腕をふと見つめると骨と真っ白な皮ばかりで、それでも尚、誠治の顔を見たいと願った。

誠治は現れないまま。
夢のようなひとときが染み付いた布団の上で、お鈴の命は尽きたのである。
2007.10.13 Saturday ... comments(0) / trackbacks(0)
#「生まれるまえに、生きていた」 act.002
「生まれるまえに、生きていた」 act.002

「庄屋の娘」 20代前半 女子


鏡台の前でくるくる回る女は、ずっと欲しかった着物を姉からもらった八重。
それを格子の外から覗く男は、栄三郎。
ふたりして齢16。
栄三郎は八重のことが大好きでたまらなかった。
正確に言うと、八重のおっぱいが。

八重は、何期にもわたる庄屋で3人姉妹の真ん中に生まれた。
父は姉に入り婿を見つけるのに日々必死。
ちなみに姉は蛙のような顔をしていた。
まだ4歳の妹は父に溺愛され、八重は家族の中で一番気楽な存在であった。

器量が良くて人懐っこく、爆乳をぶらさげた八重は、村中の思春期男子の憧れ。

その中で、最も八重に近い存在は幼馴染の栄三郎。
ふたりは13になった頃から、人の目を盗んでは乳繰り合っていた。
貧しい草鞋屋に生まれた栄三郎にとって、それが何よりのステイタスだった。

「お八重ちゃん」
八重が格子の向こうからの声に気付き、栄三郎に駆け寄った。
「栄ちゃん、どうしたの」
「あたらしい着物、買ってもらったんだね」
「ううん。おねえちゃんのもらったの」
栄三郎はどうしても八重の胸元に目が行くのだった。
「おねえちゃんと違ってあたし痩せてないから、あんまり似合わないの」
それは爆乳だからだよ。栄三郎はその言葉を慌てて飲み込んだ。
「お八重ちゃん…今日も川んとこ、行かない?」
八重は黙りこくった。
「もう乳以上は触らんから!」
「声が大きいわ!栄ちゃん!お父さんに聞こえちゃう!」

最近、八重と栄三郎はそんな掛け合いを繰り返していた。
結局は八重はいつも、栄三郎の誘いに乗ってしまうのだが。

川を目指してふたりで歩く。
微妙な距離感を保ってはいるが、栄三郎にとってはこの瞬間がたまらない。
男たちがふたりを見て、こそこそ話しているのが見えた。
お八重ちゃんは俺のもの♪
栄三郎はニヤつきが止まらなかった。

その時、八重がふと足を止め、木の陰に隠れた。
前から歩いてくるのは栄三郎の兄、清次郎。
その端整な顔立ちは、歌舞伎の旅一座にスカウトされたこともあるほど。

「おお栄三郎、遊びに行くのか?」
「うん、お八重ちゃんと川に。あれ?お八重ちゃん?」
お八重は木陰から顔だけを出して清次郎を見ている。
心なしか、頬が赤らんでいた。
「こんにちは…清次郎さん」
「こんにちは、お八重ちゃん。今日も可愛いね」
お八重の頭の中で、清次郎の発した「可愛いね」が一瞬のうちに「結婚してください」になっていた。
「はい!」

清次郎は八重のとんちんかんな返事に貴公子の笑みを浮かべて去った。
気が気じゃないのは栄三郎。
八重の清次郎への想いに気付いてはいた。
ただ、この世で一番信じたくないことだった。

「栄ちゃん、今日あたし川にはいけない」
「…何で?」
「…どうしても、いけない」

八重は清次郎の去った方へ、ゆっくりと歩いていく。
「待って!お八重ちゃん!」
栄三郎は八重の肩を掴んだ。
はっと目覚めたような顔の八重。

「兄ちゃんのことが好きなの…?」
八重は、こくりと頷いた。
「俺は、お八重ちゃんのことが好きなのに?」
黙ったまま、八重は栄三郎の瞳を見つめていた。とても真っ直ぐに。

「栄ちゃんは…あたしのお乳が好きなだけよ」

そう呟いて、八重は小走りでその場を去った。
八重の言葉が図星すぎた栄三郎は、力なく地面に座り込み、小さくなっていく八重の後姿を見送った。
2007.08.29 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(0)
#「生まれるまえに、生きていた」 act.001
「生まれるまえに、生きていた」 act.001(2007年)

「アルプスに咲く花」 20代前半 女子

私は花。
幼少期の記憶はない。いつのまにか、この薄紫の花びらを湛えていた。
自分の姿を見たことはないけれど、まわりのみんながそうなんだからそうなんだろう。
目の前には、草原の丘が幾重にも連なっていて、それを切立った岩のような高い山が囲んでいる風景。
時に、それは鮮明でまぶしかったり、ぼやけて哀しそうだったりする。
私は自分で身体を動かせない。
なぜか意識を持ち始めてから程なくして、自分も目の前に広がる景色の一部だと知った。
「ゼラニウムがたくさん咲いているわ。すてき!」
いつもバカみたいに裸足で駆け回っている、寝癖が印象的な女の子の言葉だった。
ゼラニウム。
たぶん、そうなんだろう。
私のプロフィールは、ゼラニウムという花。それだけ。
そしてきっと、そんなに長い命ではない。花だし。

女の子の住む山小屋には、白いひげのおじいさんとでかい犬、そして山羊も暮らしているようだ。
時々、たくさんの山羊を引き連れた少年がやってくるから、気が気じゃない。
私は、いつ誰に踏まれて命を落とすか知れない。
どうせなら朽ち果てるまで天寿を全うしたいと、こっそり思っているのに。

一度、でかい犬が私に接近してきたことがあった。
私の方を見つめ、ゆっくりと忍び寄ってきて、私の首もとめがけて口を大きく開いたのだ。
死ぬ直前には、走馬灯のように思い出が駆け巡ると言うけれど、
そういえば駆け巡るような思い出もそんなにあるわけないのだった。
所詮、私は花だから。

犬の牙は私の首もとをかすめ、足下のカタツムリを捕えた。
私はドクドクと波打つ葉脈を感じながら、走馬灯の代わりに古い記憶が過ぎったのを認めた。
きっと、ここではないどこかで、私が生きていた頃の記憶。

視界を遮るほどに、薄桃色の仲間たちが咲き誇る。
それはどことなく、今の私たち「ゼラニウム」のかたちに似ていた。
大きくてたくましい木の上に私は生きていた。
仲間たちの花びらが落ちて、静かな水面を埋め尽くす。
私も、自分の欠片が痛みもなく落ちていくのを感じていた。
身体がの一部が捥がれているというのに、なんて美しい光景なんだろう。
花びらをすべて失った私は、堅く醜い芽になって、途方もない数の夜を越える。
また美しい光景に出会える日まで、じっと。

犬はバリバリと音を立ててカタツムリの味を堪能していた。
その横で何かを私が悟ろうとしているなんて思いもしないだろう。

命の終わりに怯える今日と、一瞬のために生き続ける昔と。
どちらもそれなりに幸せで、不幸な気がしている。
あの女の子のように脚を持って生まれて走り回れるとしても、
やっぱり幸せで、不幸なんだろうか。
2007.08.29 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(0)
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