les spacey espacent日本人がカキモノ公開中

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2013.03.06 Wednesday ... - / -
#錆びついた夢 Vol.03(ラスト)
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    3


地球に来て3ヶ月。
僕と室長は、住処のボロアパートで、つつましく暮らしながら作戦を実行していた。
ふたりの生活は、組織で働いているときと同じで、大した実になる会話もなかった。
僕は毎日、自販機にタバコを補充し、部長は毎日、武装してちゃぶ台の前に居座り、アパートで待機。
ご飯を買いに行くのも、レポートを書くのも、掃除も僕だった。
そんな室長と一緒にいる時間を少しでも減らそうと、僕はアヤに悪いと思いつつも、夜な夜なキャバレークラブに通っていた。

そんなこんなで前とちっとも変わらなかったが、仕事にやりがいはあった。

この街の人間が運転手を務める列車が衝突事故を起こし、多くの犠牲者が出た。
タンカーの爆破事故も起き、この街の人間が逮捕された。
交通事故も、急激に増加している。
そして一昨日、飛行機の墜落事故が起き、130人もの死者が出て日本中が大騒ぎになった。
パイロットは、ヘビースモーカーで、やはりこの街の人間だったという。

赤い結晶の効果は抜群で、組織内ではその話題で持ちきりらしい。
データはほぼ出揃ったと判断され、1ヵ月後には帰還命令が出ていた。
その矢先だった。

「室長、買ってきましたよ。カップラーメン。」
いつものように外回りをし、アパートに戻ると、神妙な顔つきの室長がちゃぶ台に向かって正座していた。
嫌な予感がした。
「まさか…。」
「よりによってウルトラセブンか…。」
勝てるわけがないことは、僕も室長も、充分承知していた。

「逃げろ。」
それが僕が聞いた室長の最後の言葉になった。
僕は2階の窓から飛び出して、一目散に逃げた。
あの部屋で何が起こったかは、わからない。
ただ、燦々と背中を照らしていた夕日が急に陰り、振り返ると、室長がウルトラセブンと向き合っていた。
一瞬のことだったと思う。
大きな地鳴りが聞こえ、思わず僕は天を仰いだ。
橙色の空に小型警備戦闘機が火花を散らして消えていった。

ひとりで星に帰った僕を、皆が祝福した。
そして室長の殉職を、本当に、誰もが哀しんだ。
しかし、僕らのしたことが、組織の未来を作り上げることには違いなかった。
赤い結晶は、宇宙征服において、これから間違いなく主力兵器になっていくだろう。
僕は、新規宇宙征服推進室の室長になった。

「部下が優秀で、あなたは本当に幸せでしたね。今の若いヤツは、ほんと使い物になりません。」
月に一度、僕は室長の墓を訪れることにしている。
皮肉でも、毎日のどうでもいいことでも、ひと言は話しかけて、ゆっくりと手を合わせる。
墓には、僕が持ち帰った地球の土が納められていた。
室長が散ったあとの、わずかな残骸だ。

「ねぇ、また〃→?もぅす<〃検診σ時間た〃ょ→?」
「ああ、いま行く。」
アヤの呼びかけに、僕はようやく振り返った。


室長、僕はもうすぐ、父親になるんです。


おわり


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2009.05.31 Sunday ... comments(0) / trackbacks(0)
#錆びついた夢 Vol.02
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    2


「では、提案内容をどうぞ。」
僕は、すっと短い深呼吸をして、心音を落ち着けた。

「赤い結晶は熱に反応する、この性質を利用します。地球人の嗜好品に、タバコというものがあります。私たちの星でいう、メシルナクターと似たようなものです。」
メシルナクターは、今まさに営業部長と営業部長代理がひっきりなしに口に咥えている、棒状の心身安定物質、まさにそれがメシルナクターだった。
「営業部からの情報によると、地球人の半数が、このタバコというものを愛好しています。イライラしたときなどに心を落ち着ける効果があり、依存性の高いニコチンという物質が含まれています。」
「ほう、地球にもそんなものが。ぜひ嗜みたいものだ。」
そう呟いた社長はメシルナクターの愛好者で、コレクターでもある。
「タバコは主に、身体が大きく力も強い成人男性が好みます。」
プロジェクターは、タバコの構造と共に、地球人がタバコを吸う映像を映し出した。
「タバコはこのように、先端に火を点けて嗜むものです。赤い結晶体は、熱で化学反応を起こす・・・そう、つまり。」
なるほど、という呟きが聞こえた。
「このタバコの中に、赤い結晶を埋め込み、その熱気を吸い込んだ地球人が、どんどん凶暴化していくわけです。」

「何か発言のある人はいますか?」
大丈夫だ。皆、期待感に満ちた表情をしている。
「はい。」
「では、専務。」
またおまえか!!!!
「その、埋め込む的な?タバコに?今、私がざっと計算してみたのですが、少し無理があるようですね。」
「ええ、具体的に、どのような?」
社長に反発する派閥の重役たちは、専務の顔を喜劇でも見るように眺めていた。
専務はなぜか、とっても得意げな顔をしている。
「赤い結晶体の生産自体に、莫大な金額がかかったんでしょ?それを地球人の半数・・・1億人くらいですか。なに?それが、1億倍かかるってことでしょ?」
突っ込みどころはいろいろあるが、とにかく早く終わらせようと思った。
「お言葉ですが専務、取引先の優秀な機密兵器生産工場を、忘れていないでしょうか。」
専務が、ああ、もういいや的な顔をする。社長がわざとらしく自分の額を手で打った。
「一度の生産分を、ちょうどいい大きさに粉砕し、地球独自の物質に埋め込ませることは、難しいことではありませんし、1日で約5000本の赤い結晶入りタバコを生産することが可能です。その技術力に関しては、先日発行の社内報に書かれていたはずです。」
「ですよね。はいはい。そうでしたそうでした。」
バカか。

気を取り直して、僕は続けた。
「結論から言いましょう。凶暴化した地球人は、同じ地球人に向けて憎しみを爆発させます。先日の秋刀魚の事例でも、 7人が死亡しました。最終目的である地球人の絶滅に、そう時間はかかりません。」
「補足いたします。」
そう言ったのは、さっきまで黙って不潔な汗を垂れ流していた、室長だった。

「セキの論理に間違いはありません。それともうひとつ、地球人には、信頼関係というものがある。我々と一緒です。ルールがあって、社会が成り立っている。その中で、凶悪な人物が、急に平穏な日常を切り裂いていくのです。」
そんなことを打ち合わせた覚えはない。
僕は正直焦った。
室長は、さらに続ける。
「我々は、地球の壊滅に向けてのスイッチを押す。それだけなんです。自分以外の誰も信じられず、憎しみ合う社会を作り上げさえずれば、自ずと地球人たちは傷つけ合うことになるでしょう。そう。我々が直接手を下さずとも、です。」

僕はいつか聞いた、室長の「昔話」を思い出していた。
「セキくん。私もこの会社が出来たときはバリバリの営業マンでね。」
このクソ忙しいときに話しかけんなよ、と思ったことを覚えている。
「営業とはつらいものだよ。星の侵略の最前線は、社員にとって憧れの地位だが、決して楽ではないんだ。」
室長は、命を落としそうになったとか、ある星で大モテで困ったとか、そんな武勇伝を延々と語っていた。
僕は適当な返事をしていた。
そして室長は最後に、大きなため息をついて言った。
「私はどれだけの宇宙人を殺したのだろう。そう思うと、胸が苦しくなって仕方ない。」

僕のプレゼンの「補足」をつとめる室長は、いつもの廃棄寸前のただのデブではなかった。
何か、覚悟を決めたような顔つきだ。
「セキくん、合ってるね?」
「ええ。そうです。私からは、以上になります。」
思わぬ形で、プレゼンは終了した。

「…えっと、プレゼンテーションは以上ですね。何か、質問のある方は…では、営業部長どうぞ。」
まだ勝負は終わらない。
計画実行のチーム編成など、問題は多いのは分かっていた。
夢にまで見た地球制圧だ。重役たちも慎重にならざるおえない。
「地球には、ウルトラ警備隊がいますね。危険レベルは、フェーズ6です。だから手を出せなかったのは承知でしょう。秋刀魚の件では渋々了承したが、これ以上営業部のスタッフを、危険だとわかっている場所に行かせるわけにはいかない!」
すぐ怒るんだよな、この人。
「あの、私からもいいっすか?つまり…。」
「私が行きましょう!」
専務が空気を読まずに繰り出した3回目の質問は、室長の一声に遮られた。
一瞬だけしんと空気が冷えて、一気に会議室がざわめいた。
僕は僕で、おまえ、なに急にテンション上がっちゃってんの?と思っていた。
「ウチは、そういう部署で、私はそういう役割でしたよね、社長。」
社長をみると、ウンとゆっくり頷いたあと、「あいつが俺にこんな風に話しかけるのは、どれくらいぶりかな」と、とても小さな声で呟いていた。
「では、10分間の休憩後、チーム結成を含めた具体的な戦略会議に入ります。」

僕はとにかく複雑な気持ちだった。
会議室の前で、室長が汗を拭いているところに、思わず駆け寄ってしまった。
「掻き乱して悪かったね。」
「いえ・・・驚きましたけど。」
「セキくんは完璧主義だから、私のことがイヤだろう。」
「そんなことはないです。でも、どうして室長は急にあんなことを?」
室長は、ゆっくりと息を吐いて、話し始めた。
「急だったわけじゃないんだ。ずっと考えていたことなんだよ。私はね、この組織が好きなんだ。でも、やり方にはいつも疑問を持っていた。だからここまでしか出世できなかったんだな。」
自分の手で、宇宙人を何人も殺してきた。室長は前にそう言っていた。
「今回のプロジェクトは、今のような技術がない頃から、私が夢見ていたことだった。たとえウルトラ警備隊に私がやられたとしても、必ず、この組織の未来に何かを残せる。私だって、今でも少し恰好つけたいんだよ。」

その後、会議は驚くほど順調に進んだ。
室長は気持ちが乗っているせいか、発言に説得力があり、全員が地球の制圧に向けて、目をキラキラ輝かせていた。
結局、秋刀魚の事例だけではデータが足らず、また同じ街へと実証に繰り出すことが決まった。
今度は本番に使用する、このタバコを使っての実証だ。
そのスケジュールを仕切ったのは、なんと社長。
そこには、バカ息子に目を細めているだけのバカ親父ではない、ビジネスチャンスにメラメラと燃える「社長」がいた。

タバコの自動自販機に、赤い結晶体入りのタバコを補充していくだけの作戦だったが、やはり問題はウルトラ警備隊。
武装して、アジトで待機をする役割が必要だった。
もちろん、室長が買って出た。
関連組織から小型警備戦闘機を手配してもらうことも決まったが、やはり室長ひとりでは人手が足りない。
僕は、一緒に行くことを決めた。
僕だって、少し恰好つけたいんだ。


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JUGEMテーマ:小説/詩
2009.05.31 Sunday ... comments(0) / trackbacks(0)
#錆びついた夢 Vol.01
 短編妄想作文

「錆びついた夢」 2009年


    1


「いよいよ明日だな。」
「ええ。長かったですね。」
「セキくん、プレゼンの準備は万端なんだろうな。」
「もちろんです。ここ数日、開発と営業の板ばさみで、僕がどれだけ嫌われ者になったと思ってるんですか。」
「君はここに入りたての頃から、何かと危なっかしいから心配だよ。ガハハハ!」
僕は、なんとか笑顔を作った。

室長は、長年の組織勤めで毒だけを腹の贅肉に蓄えたらしい。
長年会社に在籍しても、重役になれなかった者、つまり使い物にならなかった者。
彼らのプライドのために、会社はポストを探す。
しかし、そのポストは限られている。
限られているなら、作ればいい。
そうして出来たのが、この部署だった。
僕は、この組織に入社して5年目。異動になって、半年が経った。
ダメ上司には、優秀な社員がひとりは必要だ。
だから僕は選ばれた。
そう自分に言い聞かせることでしか、モチベーションを保ち続けられなかった。

けれど、この組織も、優秀な若い社員を押し潰すほどの愚行はしないだろう。
『イツマデモ、アナタハ、アグラヲカイテハイラレマセンヨ』
異動してから、どれだけ僕が室長の代わりに泥を被ってきたか。
このプロジェクトが成功すれば、僕は必ず認められる。
考えれば考えるほど、胸が高鳴ってなかなか寝付けなかった。

次の朝。
眠い目をこすりながら出勤し、デスクにつくと、総務部のアヤが「社内回覧です」と小さいメモを渡してきた。
『か〃ωは〃っτね★応援Uτるょ★』
アヤとは、周りに内緒で付き合っていて、3年になる。
このプロジェクトが上手く行ったら、結婚を申し込もうと考えている。
僕は気合を入れて、熱いコーヒーを一気に飲み干した。

午後1時。
社長をはじめ、重役がぞろぞろと集まる中、僕はプロジェクターの最終チェックに余念がなかった。
「セキなら、必ずやってくれますよ」
室長が小声で話しているのが聞こえた。
ほんとうに、白々しくて、鬱陶しい。

会議には、ざっと30人が集まっていた。
「お揃いのようなので始めます。」
いよいよ始まった。ファシリテーターを勤めるのは人事部の部長だ。
「本日の議題は、先月完成した赤い結晶体の有効利用についてです。まずは、新規宇宙征服推進室のチーフ、セキくん、プレゼンテーションをお願いします」
重役たちが期待の目で僕を見た。
この部署に来る前、総務部でも営業部でも、結果を残してきた僕を認めてくれている人物はたくさん居る。
いや、実際は口先だけかもしれないが、認められていると思わなければ、この場所では敵ばかりなのだ。
「それでは、始めさせていただきます。」

「はじめに、赤い結晶体について、みなさんに再周知いたたただだきたいと思います。」
噛んだ。少し緊張している。落ち着くんだ。
「この赤い結晶体は・・・開発部が苦心の末に作り上げた、画期的な物質です。私たちメトロン星人たちには無害ですが、特定の宇宙人には特殊な作用が働くことが分かっています。」
「ほう。特定の宇宙人、と言ったが、すべて把握出来てるのかね?」
突っ込んだのは、常務だった。
「・・・いえ。周知の通り、宇宙は広いです。すべてを把握しようとすることは現実的ではないと・・・」
「それが、君の部署の仕事であるはずだが」
意地悪をするのが仕事の人も、組織には必ずひとりはいるんだよな。
「常務、まずはセキくんの話を聞きましょう。質疑応答と議論はのちほど行いますので。」
僕は一瞬、「ごもっともです」と思ってしまい、血の気が引いたが、ナイスファシリテーションに救われた。
「では、続けます。赤い結晶は効果は一様です。まず意識がなくなり、理性・感情を失います。周りが敵に見え、凶暴化します。再び気を失わない限り、効果は持続する…ということで、間違いないですね?開発部長。」
「ええ。その通りです。」
「営業部外勤の協力で、さまざまな星で実験を行いました。もっとも効果が如実に表れたのが地球です。」
一気に場がざわついた。そうなのだ。我々組織、特に上層部が、一番固執していたのが地球の制圧だった。
「そうです。我々の組織の長年の夢に近づけたのです。しかも喜ばしいことに、地球人は加熱した結晶体の熱気を吸い込むだけで、凶暴化することが分かりました。こちらをご覧ください。」
僕はプロジェクターのスイッチを押した。

効果事例の舞台は、地球・日本地区のとある街。
工業地帯に隣接し、濁った川とスモッグが特徴的だった。
小さな商店街の一角にある魚屋にクローズアップ。
店先では、当組織の営業マンのひとりが魚屋のオヤジに変装し、七輪で秋刀魚を焼き始めた。
秋刀魚のはらわたには、試作段階の赤い結晶体がほんの少量詰め込んであった。
そこへ休憩中のタクシー運転手が喫茶店から出てきて、近づいてきた。
「もうそんな季節か。美味そうな秋刀魚だな」
運転手はひやかしだったのか、近づいてきてクンと匂いを嗅いだだけで、すぐにタクシーに乗り込んだ。
その直後。
タクシーは商店街内を暴走し、何人もの人間を轢いた。
ついに電柱に衝突し、気を失っているところを警察に連行されたが、暴走中の運転手の鬼のような表情を、営業マンが制止画撮影に成功していた。
そして翌日の、「凶悪運転手、何も憶えていないと供述」という見出しの新聞記事。
夜な夜な制作に勤しんだこの効果事例に、僕は手応えを感じていた。

「この効果事例に基づき、宇宙征服推進室から、具体的な地球制圧計画を提案いたします」
「それではここまでで何か、ご質問がある方はいますか?」
僕の企画書は完璧で、そして重役たちは地球に目がくらんでいる。反対意見はないはずだ。
「はい。」
!!!
「専務、どうぞ。」
「そもそも赤い結晶体って、言いにくくないですか?もっとカッコいいネーミングとかはないんですか?」
社長の息子である専務は、僕よりも年下だった。
いずれ組織を統括する人物になるにせよ、ひどいドラ息子で、学生気分が抜けていない。
あとで分かったことだが、専務の手元にはメモがあり、そこには「今日の目標:なんでもいいから3つくらいしつもんすること」と社長の字で書かれていた。
「この件は今、直接関係がないかもしれませんが・・・ネーミングは開発部の管轄ですね」
開発部長が、ため息を呑んだのが分かった。
「正式名称となると専門的に少し伝わり難いので、改善したつもりなのですが、そのような意見が多ければ、持ち帰って検討します。」
「そうでしたか。僕もカッコイイの何か思いついたら教えますよ。」
面倒くさくなったんだな。
息子の成長に微笑みながら頷く社長を、その場の全員が確認して、その話は終わった。

さあ、これから。
これからが勝負だ。


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JUGEMテーマ:小説/詩
2009.05.31 Sunday ... - / -
#彩丘に待つ
短編妄想作文

「彩丘に待つ」2006年


 丘の色は変わる。
 ここには春がきて、暑い夏がきて、秋がきて、長い冬がくるから仕方ない。
 この丘の彩りをまじまじと見つめたのは初めてではないだろうか。
 人が息を潜めるような冬はただ真っ白な丘が、夏はなんてつぎはぎだらけで滑稽なものなのだろう。
 つぎはぎの中で、蟻のような人影が点々とうごめいている。きっと、畑に出ている時は私もこんな風に見えるのだろう。
 ガタガタと音を立てる馬車に乗りながら、マサは思った。この町に嫁いできてからというもの、景色を観て思いに耽る余裕なんてなかったような気がする。
「夏の真っ只中に餅つくっつうのも、なんだかね」
 隣家に住むサダはいつもと変わらぬ明るい声を出して、風呂敷包みを豪快に叩いた。中にはまだ温かい餅と、炒った大豆がたくさん入っている。
「三ヶ月で帰ってくるっちゅうのに、大げさなんでねえの」 
「でもそのまま本隊に取られることもあるちゅう話だし」
 一番弱気なのは、サダの妹のカツエだ。カツエは結婚して日が浅く、若かった。そんな時に夫が急に居なくなる事に居た堪れなくなるのも当然だろう。
 三人は、教育召集で旭川へ行った夫に面会に行くのである。
 教育召集は三ヶ月で戻って来れるとは聞いているが、同じ部落の中から先に召集された者が、そのまま帰ってこないという例もあった。
 マサの夫である優実の元に、教育召集の白い紙が届いたのが一カ月前。優実と、サダの夫、カツエの夫の三人は、部落から一里離れた「万歳峠」で町の皆に見送られ、同じ日に旅立った。
 夏の暑い日だった。三人は、あの日と同じ着物で正装していた。
 いつからか万歳峠と呼ばれるようになった峠は、皮肉にも町の丘全体を見渡せる唯一の場所だ。

「まだ分家して二ヶ月しかたっとらんのに、あんまりだ」
 馬車の上で、何度もカツエがそう呟く。マサは、自分が分家した頃のことを思い返していた。
 結婚して半年で大家族から分家した。思えば実家も大家族で、誰かは必ず傍に居たのだった。それが、ごく無口な優実と広い平屋で急に二人きりになって、マサは淋しくて仕方なかった。
 二人きりの畑仕事も、優実は無駄口をきかず黙々とこなした。優実は夜に実家に戻って兄弟たちと過ごすことが多く、独り家に残されたマサは眠れずに縫い物などをして夜を過ごした。
 子供が生まれてからは優実はわりと家に居るようになったが、家族団欒もそこそこにランプの乏しい灯りで長い時間をかけて日記をつけているような塩梅だった。
「淋しいわな。カツエのとこのは、気のいい男だもの。うちのなんかはもーう酒飲みで。あんなんに兵隊なんか勤まると思えん」
 サダはいつも以上に明るく、カツエを慰めているように見えた。カツエの頬が緩むのが分かって、マサは安心した。
「マサさんとこのは、賢くて堅い人だべ。きっと真面目にやりよるよ」
 マサは頷いて、日記はまだつけているだろうか、とふと思った。何となく優実の机には近づかないようにしていて、日記帳を持っていったのかも分からないのだった。

 日差しが傾きかけて来た頃、駅のある町が見えてきた。
 
「すごい人だわぁ」
 サダが一際大きな声で笑いながら言った。
「やっぱり今日中には汽車乗れねえかもな」
 駅は人でごった返していた。ほとんどが兵役に向かう者、その見送りの家族だろう。
 マサたちは、悲壮な顔になりそうなのを堪えた。所々から聞こえる「万歳」の声の裏に、みんな同じ所在無い気持ちを隠してることを悟っていた。
 マサは今朝、子供たちを優実の実家に預けに行った。正装している母親の姿に不安げな表情を見せる七歳の長女に、マサは目線の高さを合わせて気丈に言った。
「そんな顔したらいかん」
 同じ言葉を、自分にも言い聞かせたつもりだった。
 結局、三人は駅で一夜を明かすことになった。持ってきた薄い麻布を尻に敷き、座ったまま三人で寄り添い、浅い眠りに就いた。
 まだ二十歳のカツエは、子供みたいにサダの手を強く握り締めていた。
 
 次の朝、すし詰め状態の汽車にやっと乗ることが出来た三人は、軍地のある旭川へ到着した。
「カツエ、おもしろい顔になっとるよ」 
 サダが笑う。カツエだけではない。みんなすすだらけになり、湿らせた手ぬぐいで顔と手を拭った。
「お、みんな歩って行きよる」
 大きな橋のある方向に、人の列が続いていた。マサは餅を背負い直した。長年農作業をやってきたから、足腰には自信があった。
 橋を渡る。汽車を降りてからも聴こえた「万歳」の歓声は、橋を過ぎた途端に聞こえなくなり、その代わりに物騒な音が響いていた。初めて耳にする機械音だ。
「奥さんたち諦めなさい。私は会えなかったよ」
 引き返す人の中から、何度もこんな遣り取りが聞こえ、三人は顔を見合わせた。
「どうする?」
「ここまで来たんだ。行ってみるべ。どっちみち右も左もわからん」
 サダの意気込みに押され、三人は軍の敷地内に入って行った。
 気高く建つ白い建物を前に、人が溢れていた。そこらを通りかかる軍人と押し問答を繰り広げる者たちの喧騒に、三人は圧倒された。「ああやってれば会えるかも知れんね」
 サダは早速、あたりを真似して適当な軍人を捜しに行った。
 マサとカツエも後に続いた。
「陣野優実っつう名前の者と会えませんか」
 マサは会えることを信じた。
 何人もの軍人に同じように尋ねて回った。もしかしたら同じ人に何回も聞いているかもしれない。完全に喧騒に溶け込んでいた。
 鬱陶しそうにあしらう軍人が殆どで、マサはそれでも諦めなかった。いや、マサよりも鬼気迫る物言いの者のほうが、圧倒的に周りに多いのだ。
「申し訳ありませんが、今は会えないと思いますよ」
 ある若い軍人が、申し訳なさそうに言った。
 その物言いがあまりに穏やかで、マサは急に気が抜けた。
「ええ、すいません。これ、よければ皆さんでお分け下さい」
 マサはその青年に、背負っていた風呂敷包みを手渡した。
 そのまま青年の顔を見ずに、マサは喧騒から抜け出した。
 サダもカツエも、落胆して戻ってきた。
「だめだわ。マサさんもか?」
「うん。餅と豆はそこらの兵隊さんにやってきた」
「わちらもそうするべ。したら、行き渡るかも知れね」
 橋へと引き返す者たちは、皆同じ思いを抱えて妙に静かだった。空から聞こえる物騒な音が耳障りだった。マサは初めて「戦争」が身に纏わりついたような感覚だった。
 平和な部落ん中で、丘登って畑耕して、馬の世話して、なんも昔と変わらん。物が配給になってそれがどんどん減ってっても、昔と同じに毎日畑耕すもんだから、戦争がどんなおっかないことか、はっきり分からんかった。けど、あの人はいま、あの音の中に四六時中居てどんなに怖いだろう。
 甘たるい思い出はもう思い出せんし、これからも期待はせん。ただ黙々と畑を耕すあの人の背中がいつも目にはいるっちゅう普通の日々がまた戻って来たらいい。
 帰りの汽車の中、さすがのサダも口数が減っていた。
「うちのにはもう会えない気がすんね…」
 サダの寂しそうな呟きだったが、周りの同じような空気のせいか、それほど痛々しくはならずに溶けていった。
 
 丘で子供たちが駆け回っている。
 マサは、その声を遠くに聞きながら、馬の餌となる燕麦を見繕っていた。
 コオロギの鳴声がちらほら聞こえ始め、背の低い稲穂を傾いた陽が照らしていた。
 マサは陽でチカチカした目を、ふと丘の上から伸びる道に向けた。
 万歳峠で見送った時と同じ、背広姿の優実が歩いてくる。
 幻かと、一瞬思った。
「お父ちゃん!」
 長女が駆け寄る。
 優実は、あまり見せない笑みを浮かべた。
「おかえりなさい。…帰ってきたんやね」
「ああ。目が悪うて。本隊には行けん」
 夜な夜な日記も書くもんだわ、とマサは少し可笑しくなった。
「稲刈りどうしようかと思ってたんよ」
 優実は、黄色く色付いた田んぼの方に目をやり、複雑な表情を浮かべた。
「みんな本隊に…。サダさんたちとこも稲刈ってやらんといけん」
 マサはサダの帰りの汽車での言葉、カツエの不安げな顔を思い出し、胸が痛くなった。
「サダさん、よう勘が働いたもんだなぁ」
「兵隊つうもんは、仕方ねえことばかりだ」
 優実の表情に、明らかな負い目の気が見て取れた。
 マサはそれを察して、明るい声で言った。
「あんたいっぱい働かんといかんね。みんなのぶん。みんな帰ってくるまで」
 あんたはなんも喋らんで畑に腰落としてる姿がいちばん似合っとる。
 それは口に出してないが、マサにはちゃんと優実に伝わった気がした。







解説は こちら
2007.08.28 Tuesday ... comments(0) / trackbacks(0)
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